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2020年02月07日

手話言語と音声言語とあたまのなかで聞こえる声

はい。2月2日。横須賀手話サークル連絡協議会主催の絵本ライブレポートのつづきです。

きのうのブログをよんでいないかたは、まずはよんでからもどってきてください。


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というわけで、ライブまえに手話通訳のかたと打ちあわせをしているときに、わかってしまった、とんでもないかんちがい。

聞こえないかたであっても、文字だけで成立することばあそびは、聞こえるかたとおなじようにたのしめるとおもっていたことです。

だって、ライブでは絵本をスクリーンにおおきく映写するからね。

文字は視覚情報であり、ことばあそびも、視覚のみで成立するとおもって「あえてライブの構成にいれていた」のです。

そう。「あえて」です。

オフィスまけのことばあそび絵本シリーズから『いすにすわってたべなさい。』をやりました。

しらないひとのために解説すると、


ぱんに ジャム ぬって たべてね。


この文のどこかにたすとどうなるか?

ことばのたしざん。そんなことばあそびです。

もちろん、みなさんが予想されているとおり、


ぱんつに ジャム ぬって たべてね。


と、なるわけですねえ。あほらしい〜笑

クイズ形式でよみすすむと、小学校では鉄板の、どっかんどっかんウケる絵本です。

ところがです。

これを手話通訳するとどうなるでしょう?

手話では、単語をひとつずつ視覚表現するので、

ぱん は、あくまで ぱん であり、 ぱんつ は、あくまで ぱんつ です。

ひとかたまりの ぱん をたすには、いったん ぱん に分解したうえでをたさなければ、 ぱんつ にはならないわけです。

もうねえ、オレはがくぜんと、ぼうぜんとしましたよ?

なんて、オレは思慮たらずなんだろうと。

その気持ちをしってかしらずか......


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撤収がおわって、がらんとした会場でたたずむけいちゃん。

このあと、主催のみなさんと懇親会へいくのですが、そこでもちょっとはなしました。

おそらくは、主催のみなさん(またはその一部のかた)は、ことばあそび絵本はやってほしくなかったのでしょう。

そのことについてはなしているときに、オレが認識不足から「手話はいわゆる言語ではないので」といってしまって、強く叱られました。

ほんとうにはずかしいのですが、手話は言語のひとつとして、国際的にも認められていることをしらなかったのです。

無知というのはおそろしいですね。

こころから反省しました。

しかし、そんなことがあっても、なんだかまだひっかかるところがあって、それがなにかわからなくて、帰宅後にいろいろしらべました。

そこでしったことは、言語というグループのなかで、私たちがふだんつかっていることばは「音声言語」として、ろう者のみなさんや、ろう者のみなさんとコミュニケーションをとるためのことばは「手話言語」として、おおきくふたつにわけられていることでした。

オレがあのときいいたかったことは「手話は音声言語ではないので」だったんですね。

いえいえ、オレはいいわけがしたかったわけではなく、そこから一気にかんがえがふかまったのです。

いま、このブログをよんでいる、あたりまえに音が「聞こえる」みなさんは、このブログをよみながら、あたまのなかで「音声としてことばを再生」していますよね?

文章をよんでいないときでも、なにかかんがえごとをしているとき、みなさんはつねにあたまのなかで「自分語り」していますよね?

朝、めがさめてから、夜、ねむりにつくまで。ずっとずっと、あたまのなかでは「ことばが音声をもってうずまいて」いますよね?

それでは「聞こえない」みなさんはどうなのでしょうか?

生まれつき聴覚がないかたや、私たちがあやつる音声言語を習得するまえに聴覚を失ったかたは、おそらくは、あたまのなかでも音声はないはずです。

だって、聞こえた経験がないのですから、文字をよんでも「その音」がわからないわけですから。

聞こえないかたが黙読するとき、あたまのなかで、どのように文字をおっているのか。まったく見当がつきません。

とらえた文字をあたまのなかで単語ごとに視覚化するのでしょうか。

いずれにしても、聞こえるかたとは、文字のとらえかたがちがうはずです。

ならば......

こんかいの絵本ライブの主催者のみなさんがおもっているように、ろう者のかたがいるときは、ことばあそび絵本はやめたほうがいいのでしょうか?

これは、あくまでも、オレ個人の想像にすぎませんが、ことばあそび絵本をよむときは、手話通訳がないほうがいいのではないでしょうか?

ことばあそびのしくみを説明するときは、しっかり通訳をしてもらう前提で、絵本をよみはじめたら、通訳がないほうが文字に集中できるのではないでしょうか?

あたまのなかで、いったんは視覚化されたことばを、ひとつひとつの文字としてばらばらにする。

手話通訳がないほうが、その過程が速いのではないでしょうか?

さらにいえば、演者であるオレらも、ことばあそび絵本にかぎっては、声にだしてよまないで、会場の全員にスクリーンに映写される文字だけをおってもらったらいいのではないでしょうか?

こんかいのライブでは、ことばあそびも、視覚のみでも成立するとおもって「あえて」ライブの構成にいれましたが、それは、あきらかにオレの認識不足でした。

でも、いつか、こんかいとおなじような、ろう者のかたもまじえての絵本ライブをするときは、こんどこそ「あえて」ことばあそびの絵本をやるつもりです。

事前に準備して、手話通訳のかたに、こちらがかんがえていることをしっかりつたえられたら、通訳をなしにすることでことばあそび絵本は成立するのではないでしょうか?

聞こえるみなさんと、おなじようにはむりかもしれませんが、聞こえないみなさんにも、じゅうぶんにたのしんでもらえるのではないでしょうか?

そこまでして、やる必要があるのか?

聞こえるひとと、聞こえないひとの、あいだにいる聞こえるひとのなかには、きっとそういうひともいるでしょう。

でも、聞こえる聞こえないにかかわらず、ひとりでもおおくのひとに、ことばのたのしさをつたえるのがオレのしごとなので、意見はききますが、すべてにしたがうつもりはありません。

聞こえるひと、聞こえないひと、そして、両者をとりもつ活動をする聞こえるひと。

たくさんのかたに意見をききたいです。

おしまい。







posted by オフィスまけ at 08:00| Comment(0) | イベント・講座かんけい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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